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カーニバル

3月も終わりになりアトリエの窓から満開の木蓮が見えて、春を感じます。ほんの1ヶ月前はケルンはカーニバルで賑わっていました。ちょっと振り返ってその時のことを。

ケルンはカーニバルが最も盛んな地域の一つで、2009年に秀桜基金留学賞で滞在していた時も、カーニバルを見に街に行ったりしました。その時は「結局、バカみたいな仮装して、カーニバルツーク(山車)を見て、ひたすらお酒を飲むだけか」という浅い理解に終わり、そもそもパーティーも仮装も楽しめない人間としては、今年のカーニバルは無関係にやり過ごしたいなぁと、周りの誘いも断ってました。ちなみに2017年のカーニバルは2月23日〜2月28日。正確には前年の11月11日に始まるのですが、このあたりのことはいろんな方がそれぞれにブログなどで書かれているので省略。

カーニバルが近づくにつれ、周りの会話の内容も自然とカーニバルに。語学学校の先生は生粋のケルンっ子ですが、アンチカーニバルの人。「カーニバルなんて、クソ馬鹿馬鹿しい」とぶつぶつ。でもカーニバルについて話し出したら止まりません。アンチでもカーニバルについてはいくらでも語れる、ましてカーニバルを心待ちにしているケルンっ子は、カーニバルの役割から歴史、意義についてもいろいろ話してくれます。カーニバルがどれだけ大切な行事か、どれくらい楽しみにしているかは、もう外からは想像がつかないです。

友人の一人が熱く語ってくれたのは「カーニバルの本来の精神は、権力やモラルに対する反抗。その期間だけは何をやっても良い期間なんだ」ということ。権力者を批判しても良いし、真面目に働かなくてもいい。夜通し飲んで夜明けに寝て、起きたらまた飲んで。この1週間だけはある意味真剣かつ徹底的に非道徳的な生活をする。カーニバルが過ぎ去れば、節制して復活祭を待つ、というのが友人の弁。

ドイツのカーニバルはヒエラルキーや権力の構造から離れて、バカをすることが目的で仮装する(らしい)ので、みっともなくて馬鹿馬鹿しい方がいい。いかに馬鹿馬鹿しいかで褒め合う感じ。そういう馬鹿をやることを下らないと思う人たちは街に出て来ない。友人の一人も「カーニバルの間は俺は隠れるよ」と冗談交じりで言ってました。

とは言え、参加する気のない私はカーニバルで語学学校が休みなのを良いことにアトリエで制作をしてました。最も観光客が訪れるローゼンモンターク(バラの月曜日)の27日、街の中心を横切ってアトリエから帰っていると町中がゴミだらけ。なかなかの眺めに足を止めて見ていると道路のいたるところに馬糞。馬糞の臭いの中、ゴミと糞にまみれた道をしばらく歩いていると、不意に「これか!」と気づいたのです。文学作品を読んでいると時に感じる、道化とか祝祭のイメージ。みっともなく汚物にまみれて、不気味に笑う土着的な民衆のイメージ。そういう民衆の祝祭の中にある泥臭い部分をヨーロッパで初めて感じた気がしました。小説に出てくるどうしようもなく愛すべき愚かな人物や、惨めさと誇り高さが混ざったような土くさい民衆。その感覚に馬糞の臭いがリアリティーを与えてくれたとでもいうのか。ここにヨーロッパの精神の一面があるんだなと、不意に強く感じたわけです。


そうなると急にカーニバルに興味が湧いてきて、どうしてもカーニバルのパレードで配られるお菓子が欲しくなり、最終日になっていそいそとカーニバルへ。子どもたちに混じって、結構な量のお菓子を手に入れました。そして夜になるのを待ってカーニバルの最後の儀式とでもいうべき「Nubbelverbrennungen(ヌーベルフェアブレヌンゲン)」へ。これは人間の姿をした藁人形を燃やす儀式です。カーニバルの期間、居酒屋などに飾られていた人形を、カーニバルの終了と共に燃やす。ケルンの中心部のいくつかの地区で夜11時から始まると聞き、興味津々でカメラを持って出かけました。

Nubbelverbrennungenはカーニバル最終日の火曜日の夜に始まります。28日の夜遅く、降り出した雨の中、何が始まるのかと思ったら、人形を担いだ人を先頭に松明を持って地区をぐるっと一周練り歩きました。さすがに観光客はほとんどおらず、中心になって歩いている人たちは真剣そのもの。邪魔する車がくると怒鳴り散らして、迂回させます。

この間ずっと急かすような太鼓のリズムが行進を後押ししてました。時折誰かが “Schande, Schande”と叫ぶと、連鎖するように数名が同じように叫ぶ。それ以外はただ一定のリズムで練り歩く。太鼓の音が何となく圧迫してくるようで、独特の雰囲気。


広場に戻ると輪の中心に人形が置かれ、司祭に扮した人が観衆に向かって語り始め、まるで舞台です。語っている内容は方言が強くて全然分からなかったんですが、つまるところ「罪はどこにあるのだ!」と司祭がといかけ、観衆が「人形にある、人形が罪を背負っている、燃やせ!」といったパターンの会話があって、この押し問答が30分くらい続いたのち、人形に火がつけられました。行進中に”Schande(シャンデー)”と叫んでいたのも「面汚し」と言ったような意味で、人形が背負っている罪を非難してなじっていたわけです。つまるところカーニバルの期間中の人々の罪も全て担って人形は燃やされ、それでカーニバルは終了し、復活祭に向かうという流れ。

この儀式で人形が灰になり、翌日の灰の水曜日をもってカーニバルは終了。水曜日からは通常の生活が始まり、私も語学学校へ。Nubbelverbrennungenを見たと伝えると、アンチカーニバルの先生も「あれは良いよね〜、雰囲気があって。自分も見たことがあるけれど、集まった人たちがカーニバルが終わることを泣いて悲しんでいたよ」と。私が行った地区では泣いている人はいませんでしたが、圧迫するような太鼓のリズムと統率の取れた進行にその本気さはしっかり感じました。11月から始まったカーニバルが遂に終わる。燃える人形を眺めながら、涙する人がいても不思議ではない空気です。

この終わりの行事とパレード、カーニバルの表と裏のようにドラマチックな対比です。カーニバルに高揚する人たちの気持ちが少しわかったような…。ケルンの人たちからは、本気で仮装してもいないくせに、1回で何が分かるかと言われるでしょうけど。

アトリエの仲間からは「トモコはどんな仮装をしたの?」と聞かれ「いや〜、私は観光客みたいな状態だったから」とやんわり仮装しなかったことを伝えると「まあ、今年は大目に見るけど、来年はそれじゃ済まないからね」と釘を刺されました。ケルンから姿を消すか、本気でバカをやるか、一年後には頭を抱えていそうです。

2017-03-28 | Posted in blog, 日記Comments Closed