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一年

ドイツで無事に一年がたちました。健康保険証や滞在許可証の取得からはじまり、移民者のためのドイツ語のコースも終わりました。車の免許もドイツの免許証に書き換え、一通りの手続きは終わり。今は、ドイツ語の中級クラスを終わらせるために、自費で語学学校に通っています。もっとドイツ語を勉強したいところですが、良い加減、何か仕事を見つけないといけないので、7月で一旦終了。

次のステップはやっぱり仕事と税金のこと。税務署への自営業の登録をどうするのかとかも含めて、近々、税理士さんに会うことに。ちょっとした相談でも通常はお金がかかるのは当たり前なんだそうですが、運良く、今住んでいるところの大家さんが税理士さんなので無料で説明してもらえることになりました。

それ以外では、病院をそろそろ探さないとと思ってます。歯科医、眼科、婦人科などそれぞれ、問題が出る前に決めておきたいなあと。ホームドクターというのか、かかりつけ医は家の近くで決めました。まだ二回しか利用していませんが、その先生のドイツ語はとても聞き取りやすくて、この人にしようと思ったのが理由ですが。若くてとても綺麗な黒人女性の先生で、ついつい見とれてしまい、ドイツ語を聞き過ごしてしまうのが問題です。

1年目で運良くアトリエが見つかって今があるので、2年目の課題は税金、病院といったことになりそう。

今年に入ってからの半年は、語学学校とアトリエの往復の日々。祝日も含めてほぼ毎日アトリエに行っているので、アトリエの他のメンバーからは「いつもアトリエにいる」と驚かれるのですが、大学を出てからこんなに毎日制作できる日々なんてありませんでした。それに日本では普通のアパートをアトリエとして利用していたので、ちゃんとしたアトリエを持てる喜びなんてドイツ人アーティストには分からないとはず!毎日絵が描けるなんて、本当に贅沢な話です。

7月に語学学校が終わり、8月にはドイツで初めて個展がします。とにかくそこまでは今のリズムのまま、贅沢な時間を過ごして、その後のことはその時に見えてくるものを待ちたいと思います。

2017-06-08 | Posted in blog, 日記Comments Closed 

 

ワークショップ

4月18日から22日にかけて南ドイツのAichstetten(アイヒシュテッテン)に行ってきました。午前中は雪が降ったかと思うと、午後には日が差して春の様子。標高600m、気候がケルンとは全然違います。宿泊先のご主人は「この辺りは1年の内の9ヶ月が冬で、3ヶ月は寒いんだ」と笑いながら話してました。

ケルンから特急で5時間かけて来た目的はKREMER-PIGMENTが主催するワークショップに参加すること。ドイツの有名なクレマー・ピグメント社は絵画や外壁塗料用の絵具材料や修復材料の製造会社です。品質の確かさと豊富さでは定評があり、私自身は絵の具を手練りするわけでもないですが、それでも白亜や膠などはクレマー社のものを使っており、憧れのメーカーさんでした。

ワークショップは初心者向けの顔料についての講座で、水彩絵具、油絵具、アクリル絵具をピグメント(顔料)から手練りするという内容。私は水彩絵具と油絵具のコースに参加。各コース16人までで、講師が二人付いて絵の具の歴史や顔料の扱い方、展色剤の種類などを説明した上で実践。なかなか一回では聞き取れる内容ではなかったけど、気軽に質問できる雰囲気だったし、内容をまとめた冊子も配布してくれたり、なんとか乗り切りました。やっぱり興味のあることは、ドイツ語でも理解しやすいし、集中力も長続きします。

説明の後、思い思いの色を選んで実践。選んだ顔料によって練りやすかったり、練りにくかったり。その都度、講師の方が「あ〜、その顔料選んだの。その色はちょっと癖があってね…」と対応を説明。あくまでも経験で違いを学んで欲しいみたいで、場当たり的にいろんなことに対応していきます。知識と経験に自信があるからできること。

手練りで絵具を作ったことももちろんですが、それ以上に個人的にはリンシードオイルの性質について改めて理解できたことと、私のやり方の調合油の場合どのリンシードが適切かなど、私が迷っていることについて的確なアドバイスがもらえたことが大収穫でした。白亜地の地塗りや、筆の扱い、ちょっと気になっていたことを全部質問できて、これからいろいろ試して改良していくポイントが明確になりました。

それに担当者の方の博識にも感動しました。私がどういう仕上がりを作りたいかを聞いてくれた上で、だったらこのバルサムを使ってみたら、とか。そういうことまではなかなか普通の画材屋さんでは的確なアドバイスはもらえません。「分からないことは何でもメールで問い合わせてくれたらいいのよ〜」というありがたい言葉。質問するごとに的確にバッサバッサと答えてくれた時には、ここまで来て良かった〜と心底思いました。そしてドイツ語を勉強して来て良かったな〜。

お店にずらっと並ぶ顔料たち。工場見学もさせてもらい、お昼ご飯はみんなで一緒に食べて。創設者であるドクター・クレマー氏の人柄そのものといっていいくらい、穏やかであたたかい雰囲気。スタッフのかたたちも皆さんとても親切で楽しそうに働いている姿が印象的でした。

何もかもを一度に変えることはできませんが、まずは応用できることから自分の制作に取り入れて行きたいと思います!

2017-04-26 | Posted in blogComments Closed 

 

カーニバル

3月も終わりになりアトリエの窓から満開の木蓮が見えて、春を感じます。ほんの1ヶ月前はケルンはカーニバルで賑わっていました。ちょっと振り返ってその時のことを。

ケルンはカーニバルが最も盛んな地域の一つで、2009年に秀桜基金留学賞で滞在していた時も、カーニバルを見に街に行ったりしました。その時は「結局、バカみたいな仮装して、カーニバルツーク(山車)を見て、ひたすらお酒を飲むだけか」という浅い理解に終わり、そもそもパーティーも仮装も楽しめない人間としては、今年のカーニバルは無関係にやり過ごしたいなぁと、周りの誘いも断ってました。ちなみに2017年のカーニバルは2月23日〜2月28日。正確には前年の11月11日に始まるのですが、このあたりのことはいろんな方がそれぞれにブログなどで書かれているので省略。

カーニバルが近づくにつれ、周りの会話の内容も自然とカーニバルに。語学学校の先生は生粋のケルンっ子ですが、アンチカーニバルの人。「カーニバルなんて、クソ馬鹿馬鹿しい」とぶつぶつ。でもカーニバルについて話し出したら止まりません。アンチでもカーニバルについてはいくらでも語れる、ましてカーニバルを心待ちにしているケルンっ子は、カーニバルの役割から歴史、意義についてもいろいろ話してくれます。カーニバルがどれだけ大切な行事か、どれくらい楽しみにしているかは、もう外からは想像がつかないです。

友人の一人が熱く語ってくれたのは「カーニバルの本来の精神は、権力やモラルに対する反抗。その期間だけは何をやっても良い期間なんだ」ということ。権力者を批判しても良いし、真面目に働かなくてもいい。夜通し飲んで夜明けに寝て、起きたらまた飲んで。この1週間だけはある意味真剣かつ徹底的に非道徳的な生活をする。カーニバルが過ぎ去れば、節制して復活祭を待つ、というのが友人の弁。

ドイツのカーニバルはヒエラルキーや権力の構造から離れて、バカをすることが目的で仮装する(らしい)ので、みっともなくて馬鹿馬鹿しい方がいい。いかに馬鹿馬鹿しいかで褒め合う感じ。そういう馬鹿をやることを下らないと思う人たちは街に出て来ない。友人の一人も「カーニバルの間は俺は隠れるよ」と冗談交じりで言ってました。

とは言え、参加する気のない私はカーニバルで語学学校が休みなのを良いことにアトリエで制作をしてました。最も観光客が訪れるローゼンモンターク(バラの月曜日)の27日、街の中心を横切ってアトリエから帰っていると町中がゴミだらけ。なかなかの眺めに足を止めて見ていると道路のいたるところに馬糞。馬糞の臭いの中、ゴミと糞にまみれた道をしばらく歩いていると、不意に「これか!」と気づいたのです。文学作品を読んでいると時に感じる、道化とか祝祭のイメージ。みっともなく汚物にまみれて、不気味に笑う土着的な民衆のイメージ。そういう民衆の祝祭の中にある泥臭い部分をヨーロッパで初めて感じた気がしました。小説に出てくるどうしようもなく愛すべき愚かな人物や、惨めさと誇り高さが混ざったような土くさい民衆。その感覚に馬糞の臭いがリアリティーを与えてくれたとでもいうのか。ここにヨーロッパの精神の一面があるんだなと、不意に強く感じたわけです。


そうなると急にカーニバルに興味が湧いてきて、どうしてもカーニバルのパレードで配られるお菓子が欲しくなり、最終日になっていそいそとカーニバルへ。子どもたちに混じって、結構な量のお菓子を手に入れました。そして夜になるのを待ってカーニバルの最後の儀式とでもいうべき「Nubbelverbrennungen(ヌーベルフェアブレヌンゲン)」へ。これは人間の姿をした藁人形を燃やす儀式です。カーニバルの期間、居酒屋などに飾られていた人形を、カーニバルの終了と共に燃やす。ケルンの中心部のいくつかの地区で夜11時から始まると聞き、興味津々でカメラを持って出かけました。

Nubbelverbrennungenはカーニバル最終日の火曜日の夜に始まります。28日の夜遅く、降り出した雨の中、何が始まるのかと思ったら、人形を担いだ人を先頭に松明を持って地区をぐるっと一周練り歩きました。さすがに観光客はほとんどおらず、中心になって歩いている人たちは真剣そのもの。邪魔する車がくると怒鳴り散らして、迂回させます。

この間ずっと急かすような太鼓のリズムが行進を後押ししてました。時折誰かが “Schande, Schande”と叫ぶと、連鎖するように数名が同じように叫ぶ。それ以外はただ一定のリズムで練り歩く。太鼓の音が何となく圧迫してくるようで、独特の雰囲気。


広場に戻ると輪の中心に人形が置かれ、司祭に扮した人が観衆に向かって語り始め、まるで舞台です。語っている内容は方言が強くて全然分からなかったんですが、つまるところ「罪はどこにあるのだ!」と司祭がといかけ、観衆が「人形にある、人形が罪を背負っている、燃やせ!」といったパターンの会話があって、この押し問答が30分くらい続いたのち、人形に火がつけられました。行進中に”Schande(シャンデー)”と叫んでいたのも「面汚し」と言ったような意味で、人形が背負っている罪を非難してなじっていたわけです。つまるところカーニバルの期間中の人々の罪も全て担って人形は燃やされ、それでカーニバルは終了し、復活祭に向かうという流れ。

この儀式で人形が灰になり、翌日の灰の水曜日をもってカーニバルは終了。水曜日からは通常の生活が始まり、私も語学学校へ。Nubbelverbrennungenを見たと伝えると、アンチカーニバルの先生も「あれは良いよね〜、雰囲気があって。自分も見たことがあるけれど、集まった人たちがカーニバルが終わることを泣いて悲しんでいたよ」と。私が行った地区では泣いている人はいませんでしたが、圧迫するような太鼓のリズムと統率の取れた進行にその本気さはしっかり感じました。11月から始まったカーニバルが遂に終わる。燃える人形を眺めながら、涙する人がいても不思議ではない空気です。

この終わりの行事とパレード、カーニバルの表と裏のようにドラマチックな対比です。カーニバルに高揚する人たちの気持ちが少しわかったような…。ケルンの人たちからは、本気で仮装してもいないくせに、1回で何が分かるかと言われるでしょうけど。

アトリエの仲間からは「トモコはどんな仮装をしたの?」と聞かれ「いや〜、私は観光客みたいな状態だったから」とやんわり仮装しなかったことを伝えると「まあ、今年は大目に見るけど、来年はそれじゃ済まないからね」と釘を刺されました。ケルンから姿を消すか、本気でバカをやるか、一年後には頭を抱えていそうです。

2017-03-28 | Posted in blog, 日記Comments Closed 

 

アトリエ完成

2017年も気がつけば2月。1月は生活リズムがガラッと変わり、目の前のことをこなすだけで一ヶ月が過ぎてしまいました。一つ上のレベルのドイツ語のコースが始まり週4日は学校に行き、13時に授業が終わるとアトリエに直行。グラフィックデザインの仕事の締め切りも重なり、ドイツ語の宿題もあり、さらに頼まれごとや友だちのアートプロジェクトのコーディネートの手伝いもお節介なことに手を出してしまい、あれやこれやで家に帰るとクタクタという日々。日本にいた時とだんだん同じ状態になってきました。


そんな中、11月に入ってから3ヶ月経ち、アトリエがほぼ整いました。10月末にペンキ塗りから始めて、何もないところからどうやって棚や机を揃えようかと思っていましたが、棚も机もイーゼルもすべて友人から譲り受けて、気がついたら一通り揃っていました。本当にいろんな人が力を貸してくれて、感謝感謝です。この写真に写っている家具類はすべて、いただきもの。

借りた当初は何もなく、仲間と一緒にペンキ塗りからスタート。

それが、棚も流しも付いて居心地の良い空間に。

言葉の問題もあり不安だった共同アトリエも、優しい仲間に出会えて本当にラッキーです。今は3人のドイツ人と一緒に借りていますが、私のたどたどしいドイツ語をいつもきちんと聞いてくれ、話し合いの時も私の意見もかならず確認してくれます。今の自分には彼らとの会話の中で学ぶことも多々あり、ドイツ人アーティストの作業の仕方や考え方に触れることができるのもありがたいです。そして彼らも私の作業に興味津々。

思いがけず8月にケルンから25km離れたBurscheidという街で個展をすることになり、環境も整ったので個展に向けて制作をようやく開始できます。これからアトリエでどんどん絵を描くので、いい汚れ方をさせていきたいものです。

2017-02-11 | Posted in blog, 制作Comments Closed 

 

半年の重み

今年も長い一年でした。3月まで中学校で働いていたのが嘘みたい。今ならまた違う角度で子どもたちに接し、違う言葉を届けることができるかなと、ふと思ったりします。

5月にケルンに引っ越してから、シリアの情勢はもとより、トルコのクーデターやドイツでも爆発未遂やテロもありました。大きな事件は語学学校の授業でも話題に上がり、その都度クラスの誰かがショックを受け、その姿を見るたびにハッとさせられます。

ドイツ以外のことはわかりませんが、少なくともドイツは難民や移住者に対して、手厚いケアをしていると思います。私のように結婚で移住した人も、仕事を求めて移住してきた人も、もちろん難民として来た人にも、基礎的なドイツ語力とドイツについて学ぶ二つのコースを(義務ではありますが)提供してくれます。失業者や難民は正規の授業料の全額もしくは¾を、私のケースでも½は国が負担してくれます。

私はこの二つのコースを9月末から始めて12月下旬に全て終了しました。ちなみにドイツ語をゼロから始める場合は半年〜1年前後かかります。ドイツ語のB1のテストとドイツについてのオリエンテーションコースの両方に合格したら証明書がもらえ、それが滞在許可証の更新などいろんな場合に必要です。永住権やドイツ国籍を申請する場合にも必要条件になります。

私なんかは国税で負担してもらって勉強できるなんて、ありがたいなぁと思って受講するわけですが、義務として課せられていることに不満を持つ人もいて様々。特にオリエンテーションコースではドイツの憲法や政治のシステム、価値観などを学ぶ中で、母国とのギャップや価値観の違いに不快感を示し、学ぶ意欲まで失ったクラスメートもいました。

例えばドイツでは「個々の性別や身体的特徴、個人的な嗜好に関わらず全ての人間は平等である」という話から、同性愛者も差別されないという話になると、極端に顔がこわばったり「それは病気じゃないか」と抗議したりする子がいる。担当の先生が「母国ではおそらく違う教育を受けてきたと思う。でもドイツでは同性愛者を差別した場合、罰せられるのはあなたたちだ。そのことを理解して、どうしてもそれを受け入れられないというのなら、これから知り合ったり関わったりした人が同性愛者だった場合に、トラブルを起こさないように自分なりの解決策を持たないといけない」と。

イスラム圏やギリシャ正教会の文化圏では、今もって大きなタブーとして扱われているそうで、若い子たちのなかには自分の育った文化そのものを否定されたような気分になり、苦々しい表情を浮かべながら、自分の意見を押し通そうとする子も。普段とても朗らかな彼らが、露骨な差別を示すことに私自身もショックを受けながら、正論を押し付けても解決できないことだし「この国で生きていくのなら、私たちの価値観を知り、どうしても受け入れられないなら、距離を上手く見つけてやり過ごす術を持つべき」という先生の言葉が実際的だと感じる。

別の時には先生が「この国でもっとも尊重されるのがドイツ憲法で、これ以上のものは無い。例えコーランでもドイツでは憲法が上にくる」と言ったとき、クラスの7割はイスラムだったので教室がざわっとして、ピリピリした空気に。これは先生の言い方が直接的すぎたと思うけど、イラン人の女性は信じられないことを聞いたというような感じで、あっけにとられて口を大きく開けて硬直。アレッポからきた若い学生さんは「どうして僕たちの文化を下に見るんだ」とたどたどしいドイツ語で懸命に抗議。「そういうことじゃない、文化の比較をしているのではなく、ドイツの基本原則だ」と先生も一生懸命説明しますが、ドイツ語の壁もあり真意が上手く伝わらないまま授業が終わった日もありました。

先日ベルリンの地下鉄で階段を降りる女性の背中を足で蹴り飛ばし大怪我をさせるという事件がありました。犯人が捕まったこともあり「犯人はブルガリア人の男性で、無事に捕まった」と先生が一言。するとブルガリアから来た女性が「ブルガリア人じゃない、あれはロマ(ジプシー)だ!」と即座に抗議。先生は彼女をなだめながら「ブルガリアで多くの人がロマの問題で苦しんでいることは知っている、だからあなたが彼らをブルガリア人と呼びたく無い気持ちは理解するけれど、ドイツでは彼の国籍はあくまでもブルガリア人で、他に言いようがない」と説明していました。このときの友だちのやりきれない表情も印象的でした。

授業中の積極的な発言とは裏腹に、たまたまなのか民族性なのか分かりませんが、私のクラスメートだったアラブ圏の子たちは時間にルーズ。ほぼ毎日30分〜1時間遅刻します。8割以上出席しないと証書がもらえないので出席してますが、遅れてきたからといって悪びれることもなく、説明し終わった内容でも何でも質問してきます。難民としてドイツに来たシリア人は住むところも与えられ、授業料も生活費も医療保険もドイツが負担しているのに、住むところも自由に決められない、ドイツ語のテストも受けさせられると不満も言います。ドイツからこれだけの恩恵を受けて、なんで不満が言えるんだろうと関係の無い私がイライラしたこともありました。

でもこれは、与える側の視点だったなと反省。彼らは彼らで様々な問題を抱えてここにきて、価値観も文化も違う国で、先の見えない生活に不満があって当然なのです。それを声に出すことでしか状況は変えられない。そしてそのことと、遅刻したりすることは別の問題。それはそれ、これはこれと分けて考えないと、クラスメート一人一人の良いところまで見失いそうでした。

たかだか20人のクラスで毎日起きる一つ一つの衝突が、これからドイツが抱えていく問題の縮図なんだなとしみじみと思いました。現実に難民の受け入れや国籍の問題も含めて、ドイツも厳しくなりつつあります。それでもドイツの一定の割合の人が、これだけの摩擦を抱えても、多様性を是として寛容であろうとする姿には頭が下がります(ケルンは特に多様性を受け入れる気風がある街なので、他の地域だとまた異なるのかもしれませんが)。

語学力以上にこのオリエンテーションの内容の重要性に気づいたのか、2017年からは授業時間数がこれまでの60時間ではなく、100時間に変更されます。それだけ国の負担も増えるにも関わらず、先のことを考えての判断なのだと思います。60時間ではテストの内容を一通りするだけでいっぱいだったので、100時間になればもう少し話し合いの時間も持てるのかもしれません。

多分、私がこの半年で感じたほどの多様さは、これからドイツの生活に慣れていけばいくほど、感じる機会が減るのだと思います。不謹慎な言い方ですが、アーティストとしてこの現実のピリピリした感覚、やるせなさを突きつけられたことは、幸運だと思ってます。この皮膚感覚で制作をしないといけないんだと、改めて実感しました。私の作品には社会的な要素はありませんが、作家としてその感覚を持ちながら描くことは、作品の品位に関わることだと思っています。だからこの半年の貴重な時間を受け止めて、これからの制作に向き合いたいと思います。そして私も移住者の一人として、様々な状況の人と関わりをもって生きていきたいなと思います。

2016-12-24 | Posted in blog, 日記Comments Closed 

 

語学学校2

アトリエが決まって存分に制作をしているかというとそういうことはなく、9月下旬から語学学校に通っている毎日。午後13時半から4時間の授業なので、午前中に宿題して午後は学校、夕方は家の雑用で終わる日々。

その語学学校も途中に秋休みを挟みながら5週間の集中コースが終わりました。最初はアラビア語を話す人はみんなシリアの方かと思っていたけど、少しずつ仲良くなっていくうちに、イラン、イラク、エジプト、チュニジアと多種多様なことに気づく。それ以外にもボスニア、チベット、マケドニア、ポルトガル、ウクライナ、ウズベキスタンと数えてみると15カ国。同じクラスに15カ国。すっごいな〜とあらためて関心。

これだけの多文化なクラスを束ねるには、先生にも力量が必要。私たちのクラスの先生は絶妙な下ネタで男性陣の心を掴み、ユーモアと思いやりで女性陣を。そして私たち生徒一人一人が抱える様々な背景も含めて対等の人間としてきちんとリスペクトを払ってくれる。努力不十分と見れば厳しく叱ることもあり、古き良き時代の教師という感じ。私は5週間だけだったけど、半分以上の生徒は、最初のレベル1のクラスからレベル6までを半年に渡り一緒に学んで来たわけで、今日は涙のお別れでした。

最後に先生は自分の携帯番号を私たちに伝え、何かあったら相談に来いと。中には難民としてドイツに来て、心から信頼できるドイツ人にまだ出会っていない人もいます。彼らにとって先生は半年間親身になって優しく厳しくドイツ語を教えてくれ、同じ時間を過ごした数少ない理解者。たった一人でも頼れるドイツ人がいると思えることが、どんなにか心強いだろうと思うと、もらい泣きしそうになりました。

何より、何歳になっても学ぶって楽しいと心から思う日々でした。褒められたらやっぱり嬉しいし、独学のドイツ語で行き詰っていた部分から脱出できそうな気分。それもあって、この機会にもう一つ上のレベルのコースも受けようかなと思案中。

ここから先は義務ではなくなるので国からの補助はなくなります。でも言葉が出来ないと戦っていけないのも事実。自分の言葉で作品を説明できるように、もうちょっと頑張ろうかなぁ。

2016-11-10 | Posted in blog, 日記Comments Closed 

 

アトリエ

アトリエを契約しました!

ドイツに来てから一番にしたことはアトリエ探し。地元のケルンっ子のアーティストにとっても難しいアトリエ探しですが、動き始めてから5ヶ月、なんとか予算内で希望の広さのアトリエに出会う事ができました。

*ケルン市のアトリエの公募に申し込む
*誰かと知り合うたびにアトリエを探していると言い続ける
*画材屋さんの掲示板を見て回る
*情報が回ってきたら全部問い合わせる

というような、自分にできることは全部やったんですが、最終的にケルン市の公募に通り、市営のアトリエに入る事ができました。市の公募に通ると市がアトリエを紹介してくれます。そこで条件が折り合えば、家賃の一部と物件契約の際の補償金を市が負担してくれという、ちょっとしたスポンサーシップです(5年間)。

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今回、市が紹介してくれたのはQuatier am Hafenというライン川の右側にある大きな建物で、工場跡地を所有者がアトリエとして改築。その一部をケルン市が借り上げていますが、個人で直接借りているアーティストもいて、展示スペースやダンサーのためのスタジオなどもあります。もう5年前になりますが「出会いのアート」で一緒に展示をしたHeri Gahblerさんもここにアトリエを構えています。

最初は個室を希望していたのですが、現状個室には空きがなく150㎡の大きな部屋が空いていると。よっぽど迷いましたが、個室というこだわりを捨てることに。一人ではとても借りられないから誰かとシェアできないかと市の担当者に伝えると、同じような希望者を紹介してくれて話が前に進みました。

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2階建になっている私たちのアトリエ。私は2階の半分、約40㎡のスペースを借りる事に。一緒に借りる仲間は3人のドイツ人。私より10歳くらい若いながらも、着実にキャリアを積み上げているアーティストたち。直接会ったり何度もメールのやり取りをして、お互いの条件の落ち着くところまで話がまとまって、ようやく契約。共同アトリエの交渉の中で金銭面以上に「このメンバーとならやっていけるな」とお互いが感じられた事が一番大きかったです。

彼らとの共同アトリエの中で、若いアーティストの考え方や作業の仕方、道具の管理の仕方などいろいろ刺激があるんじゃないかととても楽しみにしています。自分が集中しやすい環境を整えるのもアーティストの仕事です。これからじっくりアトリエの準備をしたいと思います。

まず、この場所をスタートにドイツでの一歩を踏み出せることがとっても嬉しい今日この頃です。

2016-10-14 | Posted in 制作Comments Closed 

 

語学学校

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ギャラリーの方と約束していた作品も一段落。もう少し手直ししたりは必要だけれども、いつまでも友人のアトリエを占領するわけにもいかず、そろそろ区切りをつけねば。7月から3ヶ月間思いがけず制作ができて、時間が経つのも早かった。一つの作業が終わって次の作業に入るたびに、足りない材料や道具があって、そういう中で自分の制作に本当に必要なものや必要なプロセスをもう一度じっくり見直すとても良い機会になった。今回の制作で見つけたたくさんの課題を、これからクリアしていかないといけない。だから次の制作が本当に楽しみ。

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今週からはドイツ語の語学学校に通ってます。私のような永住予定者や難民などでドイツ社会に入ってくる人たちには、一定レベルのドイツ語の習得が義務付けられていて、国の補助のもと比較的安く授業を受けることができます。コースは全体で6つのレベルに分かれていて、各自のレベルに合ったとこから始め、最終的にレベル6の内容が終わったらテストがあります。それに合格するとドイツに政治や法律、地理などついての全体的な知識を学び、その試験にも合格したら修了証書がもらえます。その証書がこれからドイツで生活するいろんな場面で語学力の証明になるというわけです。永住権をもらう際にはこのテストに合格していないといけません。

私は申し込むときに担当者と面談&筆記テストを受けて、レベル6のクラスから入ることに。最後の5週間だけ合流してテストに臨むことになりました。クラスは24人。3分の1がシリア人、後はトルコ人、キューバ人、アメリカ人、フランス人、ロシア人と様々。他の人たちはすでにずっとこのクラスでドイツ語学んでいるので和気あいあいとした雰囲気。50代半ばのおっちゃんから20代の若者まで、皆んなそれぞれの背景を抱えてここにいるんだろうな。

まずはシリア人のラシュビーと友達になりました。「ラシュビーとトモコ、トモコとラシュビー」と呟いている姿が面白い。学ぶって楽しいなと思える日々です。

2016-09-28 | Posted in blogComments Closed 

 

日々のこと

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ドイツに来て無事4ヶ月が過ぎました。8月に休んでいたギャラリーも9月から新シーズンが始まり、いろんな展覧会やイベントのお誘いがきます。写真は友人の合唱グループのコンサート。ケルンを代表する建築家ゴットフリード・ベームが建てたSt. Gertrud教会でありました。コーラスと言っても歌詞もメロディーもなくお互いの声を合わせていく即興的なものでとても面白かったです。

知り合いが増えたり、交渉ごとが増えたりするのと正比例でドイツ語のメールがじゃんじゃん届きはじめ、読んで返事を書くだけで半日が終わるという日も多々有ります。体力が落ちたのかと思うくらい、メールの返事とか買い物とか日常の当たり前のこと一つ一つにとても疲れがでて、夜にはぐったりします。まだまだ緊張しているということなんだろうなあ。

そして、ようやく滞在許可証と健康保険証がそろいました。滞在許可証は申請して手元に届くのに3ヶ月半。身分証明書にもなるので、ようやくパスポートを持ち歩かなくてよくなった…。今回は3年間の許可ですが、3年後の更新の時に上手くいけば期限のない滞在許可(永住権)がもらえるとのこと。

それ以外に、アーティストカードとBBK(ドイツの美術家協会)のカードを取得。必要かどうなのか、有用かどうなのか、よくわかりませんがとりあえず持ってみることに。BBKからは定期的に展覧会や公募、空きアトリエなどの情報が入ってくるので、まずはそれだけでもよかったかなと思います。

どれも申請した際にアーティストとしてプロフェッショナルなレベルかどうかという審査がありましたが、無事にクリア。こういう時に力を発揮するのがホームページとカタログ。作っておいてよかったなぁとしみじみ。

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明日から9/16~18の三日間、使わせてもらっている友人のアトリエのある建物全体がオープンアトリエです。私も作品を少し展示するなど準備。自分のアトリエではないけれど、初めてのオープンアトリエで楽しみです。

2016-09-15 | Posted in blogComments Closed 

 

制作開始

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思いがけないことに、先日参加したグループ展を主催したギャラリストが、10月までに新作ができるなら10月末の展示に加えるよと連絡がありました。とはいえアトリエもないのに描けるわけもなく、かといって断るなんてもったいなことできないし、どうしようかと思っていたら「2ヶ月程度ならうちのアトリエの一角を使ったら良いよ」と広いアトリエを持っている友人からありがたい申し出。それ以来、だいたい毎日アトリエに通っています。家からは5キロちょっとで、ライン川を自転車で越えていく道のり、30分くらいの良い運動。

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友人のアトリエのある建物はかなり大きく、たくさんのアーティストがここを使っているので、中もなかなか良い雰囲気。同じ敷地内に木工の工房やライブハウスなどもあったりします。ドイツに来てから、スーパーか図書館くらいしか行く場所がなかったのに、一時的とはいえ自分の居場所があるということがこんなにありがたいことだとは思いませんでした。行く場所があるって素敵だなあと日々実感しながら自転車をこいでます。

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日本から送った画材も無事届き、足りないものはこちらで買い足して。木製パネルも購入し、下地を作るところから始めています。普段自分が使っている画材がドイツ語では何と言うのかが分からず、画材を揃えるのに何度も画材屋さんへ足を運びました。画材は食材と違って消費税が19%かかるので、本当に高い!ちょっと買い揃えても数万円が飛んでいく感じですが、必要なものは必要なので仕方ない。取り戻せるよう良い絵を描くしかないです。

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段取りを考えながら、膠を湯煎している時間が至福の時かも。思いがけず早い段階で制作に取り掛かることができることになり、友人も含めこういった巡り合わせ全てに感謝です。

2016-07-20 | Posted in blog, 制作Comments Closed